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かぐや姫の罪と罰とは?【ネタバレ注意】

投稿日:2015/03/17 更新日:

竹林

かぐや姫の罪と罰って何?

先日テレビで初めてジブリの映画作品『かぐや姫の物語』を見ました。その時に思ったのがコレ。

映画のキャッチコピーが「姫の犯した罪と罰」

映画中、それらしき描写はあるものの、あまりよく分からなかったというのが本音です。

それで調べたのですが、以下ネタバレも含みますので、先に知りたくない方は映画を見てからご覧ください。

結局、かぐや姫の犯した罪と罰とは何だったのか?

いろいろ調べると、「最終的には明確ではありません」という論調も多いのですが、端的に言うと以下となります。

かぐや姫の犯した罪とは、「地球での生活を憧れたこと」

かぐや姫が償った罰とは、「地球で生活して苦しんだこと」

地球での生活を憧れたことがなぜ、かぐや姫にとっての罪となるのか?

映画中、かぐや姫は月の住人であり、他の住人が地球に行っていた際に覚えた歌を歌っていたのを聞き、本来地球のことは月では忘れてしまうはずが、なぜか物憂げに歌うその様子と歌に、地球に興味を抱いた、というような描写があります。

ただ、これでどうして、かぐや姫の罪となるのか?
この辺の因果関係が映画だけではよく分かりませんでした。

これを解く鍵は、どうも仏教の考え方が分かると解決できそうでした。

 

仏教では、この世は悩みの世界であり、そして何度も生まれ変わる、輪廻転生(りんねてんせい)の考え方があります。

そして、悩みを克服した暁には涅槃(ねはん)という境地に至り、輪廻転生も終了する。

 

かぐや姫の物語での月とは、涅槃に到達した状況の象徴と考えていくと、どんどん理解できそうです。

地球はこの世。涅槃の境地に達したはずの月の住人であるかぐや姫が、地球の生活に憧れるというのはどういうことか。

月の住人からすると、「せっかくこの世の悩みの世界を克服したのに、どうしてまた憧れるのか」という考えとなり、これがかぐや姫にとっての罪ということになるのです。

かぐや姫の罰とは?

かぐや姫の罪は、悩みの世界であるこの世の生活に憧れたことなので、「もう一回この世の象徴である地球で暮らして思い知りなさい」ということが、仏教の考え方をベースにしたかぐや姫の罰となります。

 

結局、かぐや姫は地球での暮らしで、楽しいこともあったが、同時に悩みもたくさん発生して、「月に帰りたい!」と願ってしまいます。

それは、やはり「地球=この世の生活」とは悩みの世界で、それを克服したいと願うものであるということをかぐや姫が、あらためて認めたということになるのでしょう。

そして、月から使者が迎えにきて、かぐや姫は紆余曲折がありながらも「月=涅槃の象徴」に帰っていくのでした・・・

 

以上が、かぐや姫の罪と罰の仏教の考え方をベースにした説となります。

この説が一番しっくりくるというのが私の感想です。

映画中や昔の竹取物語の絵でも、月の使者の一番偉そうな人物は、わかりやすくいうとパンチパーマのような頭で、まるでお釈迦様のようないでたちですからね。

ここからも、仏教との関連性が感じられます。

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