前回の記事、『少年野球で、体罰や暴力、暴言、えこひいきに悩んだら、チームを変えることも検討してみましょう』でもご紹介した、『素手でフライ捕球強制、指の腱断裂 少年野球監督が体罰』でYahoo!のコメント欄を見ていると、ほとんどはその監督を非難するものでしたが、一部、監督を擁護するコメントがいくつかありました。
※追記:Yahoo!のニュースがリンク切れになったので、上記のリンク先を朝日新聞デジタルの記事に変更しました。
それらのコメントに対して、スポーツ少年団認定員である私の立場から解説します。
団員をケガさせた監督を擁護するコメント
2つのコメントを引用します。
また大げさな!!怪我をさせようと素手で取ることを強制したのではないだろう。たまたま起きただけ。勘ぐれば、下手だから起きただけ。
何回も、何人も繰り返しやってきたはず。その中の1回が失敗だった。それだけのことだ。治療すれば治る。悪くとればなんでも言える。
ちょっと情けない風潮。
MLBでは間に合いそうもないときは素手で取ることが普通。日本でも流行っている。少しでも前進させることはどんなことにでも必要だし、
裏腹にリスクも増える。それを克服することが、練習であり、進歩である。
俺がアメリカ人を尊敬するのは、進歩のためのリスクを恐れないことだ。それでなければ、地上600KMのハッブル宇宙望遠鏡を、
宇宙遊泳で命がけで修理することはできない。日本人が有人ロケットを
打ち上げられないのは、リスクを取る勇気が誰にもないからだ。
政府にも、JAXAにも、個人にも。情けない。
無理のない範囲で、子供の個性を大事にして、何よりも怪我をしないように。。。こんなの糞くらえです。ただのわがままです。社会に出た後にこんな意見が通りますか?こんな風潮を指導とは到底呼べません。大人の保身以外の何ものでもありません。
監督がどういう意図でこの指導をしたのか、また、監督の人間性など私には知る由もありません。ただ、何につけても体罰とひとくくりにして、子供の将来の社会性を度外視した保身ばかりをしていたら、学校教師やスポーツ指導者などは本来の意味をなさず、教育は死ぬでしょう。
これらのコメントの内容は、現状のスポーツ少年団の理念から外れていますので、以下より解説します。
「スポーツ少年団」という組織について知ることから始める必要あり
まず少年野球やサッカー、バスケット、バレーなどの球技や剣道などを含む約60種目のスポーツで10人以上いるようなチームは基本的に「スポーツ少年団」という団体になります。
正確には「単位スポーツ少年団」という名称で、「市区町村スポーツ少年団」に登録します。更に「都道府県スポーツ少年団」、公益財団法人 日本体育協会が管轄する「日本スポーツ少年団」という上位組織に登録されます。
スポーツ少年団に登録しなければ、日本体育協会が関係する大会や試合にはエントリーできません。
ですので、大会や試合にエントリーするためにも、スポーツ種別に関係なく、ほとんどのチームではスポーツ少年団に登録しています。スポーツ少年団に登録していないチームはただのサークルと同様です。
少年野球でも、ほとんどのチームはスポーツ少年団として登録していますが、スポーツ少年団には理念や活動の柱があるので、スポーツ少年団に登録するということは、当然、その理念や活動の柱に沿って運営しなければなりません。
次にその理念や活動の柱をご紹介します。
スポーツ少年団の理念や活動の柱とは?
スポーツ少年団では以下のように理念を掲げています。
「スポーツを通した青少年の健全育成」
この理念のもとに、以下の3つの活動の柱があります。
- 一人でも多くの青少年にスポーツの歓びを提供する
- スポーツを通して青少年のこころとからだを育てる
- スポーツで人々をつなぎ、地域づくりに貢献する
※分かりやすく、これら3つを理念として表現する場合もあります。
スポーツ少年団には2名以上の有資格指導者が必要
スポーツ少年団では、ただ単に理念を掲げているだけではなく、登録したチームが理念に沿った健全な運営がなされるよう、スポーツ少年団に登録すると、有資格指導者(認定員又は認定育成員)を2名以上配置することが義務付けられています。
冒頭の画像にも少し写っていますが、この措置のより具体的な目的としてより以下の3点があります。
- 子どもの安全で楽しいスポーツ活動のために
- 正しい知識を持った指導者が指導にあたるために
- 指導者による行き過ぎた指導や誤った指導にならないために
私はこの「スポーツ少年団認定員」の資格を取得し、この有資格者として少年野球チームに登録されています。
スポーツ少年団認定員になるには
スポーツ少年団認定員の資格を取得するためには、以下の3点が必要です。
- スポーツリーダー兼スポーツ少年団認定員養成テキスト・ワークブックにて、自宅学習21時間を実施
- 丸二日間、合計14時間のスポーツリーダー養成講習会兼スポーツ少年団認定員養成講習会の受講
- 検定試験での合格
内容自体はそれほど難しくはありませんが、とにかく時間が必要で、これが結構大変です。
事前学習21時間や、丸二日間の講習14時間では土日が缶詰になって潰れます。二日目には講習14時間の他に1時間の検定試験もあります。
※スポーツ少年団認定員に関する記事はスポーツ少年団認定員の資格取得に関する記事一覧にまとめてありますので、ご参照ください。
スポーツ少年団認定員に求められていること
スポーツ少年団認定員は日本体育協会の公認スポーツ指導者として、以下のように定義されています。
安全で、正しく、楽しいスポーツ活動の場を確保するために
スポーツ少年団認定員養成テキストでは、スポーツ指導者がスポーツ医・科学の知識や成果を活かし、「安全で、正しく、楽しい」スポーツ活動の場を確保するために、以下のような姿勢や考え方が必要とされています。
- スポーツに対して情熱を持ち、常にプレーヤーを最優先し、何事にも前向きに取り組む
- すべてのプレーヤーに常に公平な態度で接し、また活動に参加したくなるような雰囲気を作る
- すべてのプレーヤーの個性や長所を見つけ、伸ばす
- 一方的、強制的な指導にならないよう、コミュニケーションスキルを高め、活動のねらいや内容をプレーヤーと共有する
- 発育発達段階や技能レベルに即して指導の内容と方法を工夫する
- プレーヤーの健康状態に注意をはらい、ケガや病気を起こさないよう配慮する
- 天候や活動場所の整備状況、道具・用具の手入れや施設の破損確認などに配慮する
体罰や暴力に対する姿勢
また、スポーツ少年団認定員のテキストや各種資料では、体罰や暴力の根絶について特に強調されています。

講習会の開催要項に記載されていたスローガン。
~スポーツ界における暴力行為根絶に向けたスローガン~
暴力0(ゼロ) 心でつなぐスポーツの絆

スポーツ少年団認定員になると『スポーツ少年団指導必携書』とワッペンが配布されます。

『スポーツ少年団指導必携書』の4ページ目から「スポーツ界における暴力行為根絶宣言」と題し、4ページに渡って体罰や暴力行為の根絶に向けた取り組むべきことが書かれています。
これだけ体罰や暴力の根絶について強調されているというのは、逆に言うと、体罰や暴力が蔓延していることの証左でもあります。
スポーツ界に巣くう根深い問題だと言うことです。
少年野球や他のスポーツでもスポーツ少年団として登録しているなら、その理念に沿って活動しなければならない
さて、長々とスポーツ少年団や認定員についてご紹介してきましたが、スポーツ少年団として登録したチームは、スポーツ少年団がこういう理念を持って活動するようにしよう、としているのですから、当然、その理念に沿って活動しなければならないのです。
その理念に納得ができない場合は、登録しなければいいだけのこと。勝手にサークルのような活動をすればいいのです。
冒頭で引用したコメントに「無理のない範囲で、子供の個性を大事にして、何よりも怪我をしないように。。。こんなの糞くらえ」とありますが、スポーツ少年団ではまさにそのような理念なので、同意できない場合は、スポーツ少年団に登録せず、同じ意見や考え方の指導者と団員を集めて、勝手に活動してなさい、ということなのです。
素手でフライを捕る練習でケガをした件についても、先にあげた安全面の配慮をすべきというスポーツ少年団の考え方に反するほか、スポーツ少年団のスポーツの意義として掲げている6つの内の4つ目に「生涯にわたり続けていくであろう、スポーツの基礎をつくる活動であること」があるのですが、小学校以降の中学・高校・社会人と、長期的な視点を持っていれば、わざわざケガをするリスクの高い練習方法で指導するのは(その練習内容の是非はここでは論じませんが)スポーツ少年団の考え方には合ってない練習内容なのです。
ケガをさせた監督がいるチームがスポーツ少年団に登録しているかどうかは定かではありませんが、もし登録していたのなら、スポーツ少年団の理念に沿っていないのは明らか。
今回のお話は、スポーツ少年団の理念に同意できない方がいてもそれは自由ですが、ほとんどの少年野球チームやその他のスポーツのチームでも登録しているので、登録するからには指導者もその理念に沿って活動すべきであって、冒頭に引用したコメントのような意見がある場合は、スポーツ少年団の理念の是非について議論すべき、というお話なのですね。
補足:そもそもの前提が違うことが意見の食い違いを生んでいると思われる
今回の少年野球で指導者がケガをさせた、とか、体罰でケガをさせた、とか他のスポーツでも同様ですが、このような場合に、必ず肯定的にこのような指導が必要だと考える方々で出てきます。
これは、そもそもの前提が違うことが意見の食い違い、相違を生んでいると考えています。
体罰や暴力が無くても、スポーツの技術を向上させることが可能ですが、上記のような肯定派は、極端な話、本人たちの経験上、体罰や暴力、ケガのリスクのある指導以外に技術の向上をさせる術を知らないだけではないでしょうか。
私の息子たちが所属している少年野球チームでは、時には厳しい口調で指導があるにせよ、それは全く常識の範囲内であり、指導者から「子どもたちの技術を向上させたい」という愛が感じられるものです。そして、体罰や暴力、ケガのリスクが予見される練習や指導は一切ありません。しかし、それでも野球の技術は向上し、先日も数十チームで争う大会で優勝しました^^v
みんな楽しくのびのびと野球を楽しみながら切磋琢磨しています。
また、前述の肯定派は、スポーツ少年団のような理念は「生ぬるい」とし、社会性や教育が不足と考えているようにも思えますが、仮に体罰や暴力が許容される指導が当たり前になったとした場合、スポーツをしていない子はどうなるのでしょうか? 全員が人間失格になるとは到底思えませんよね。
結局、体罰や暴力が許容される指導が無くても、あるべき人間としての成長ができる教育は可能なはず。
過去の指導方法や教育方法が絶対である、という固定観念に捉われずに、より良い方法を模索して指導にあたることが少年野球をはじめとするスポーツの指導者に求められています。